志村亮はなぜ消えた天才?三井不動産の道を選んだ理由とは?【消えた天才】

7月14日放送の『消えた天才』にて「古田敦也・長嶋一茂が打てなかった天才投

手」として、志村亮さんが取り上げられます。番組の予告欄にはこう記載されて

います。

 

古田敦也・長嶋一茂には大学日本代表時代に打てなかった天才ピッチャーがいた…しかし!天才はプロ8球団から誘われたにも関わらず、ドラフト直前でまさかのプロ入り拒否 その驚きの理由を元チームメイトの一茂が直撃! 30年ぶりの再会で明かされる真相とは

 

引用元:TBS

 

元プロ野球選手である、古田さんや一茂さんが打てなかったという志村亮さん気

になりますね。そして、8球団からの誘いも拒否されたという、とんでもないエ

ピソードも信じられないですよね?そこで今回はそんな志村さんについて調査し

てみました。

 

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・志村亮はなぜ消えた天才?

今回の『消えた天才』を調べるにあたり、志村亮さんについてはすぐにみつける

ことができました。というのも、志村さんはプロからの誘いを断り、サラリーマ

ンとして働いていることが、かなり知られていたのです。

 

これは天才ではあっても、決して”消えた”というわけではないですよね?

 

しかも、今回のTV放送を前にこんな記事とSNSの反応もありました。

 

ヤクルトなどで活躍した元プロ野球選手の古田敦也(53)と長嶋一茂(53)が、14日放送のTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後6・30)に出演。大学時代に彼らが口を揃えて「天才」と賞賛するピッチャーの存在を明かす。

 

立教大1年時からレギュラーとしてチームを支え、4年時には2期連続ベストナインに選出されるなどフル回転した長嶋と、立命大で3年時にチームをリーグ春秋連続優勝に導き、4年時にはキャプテンを務め、大学野球日本代表のメンバーに選出されるなど大車輪の活躍を見せた古田。大学野球界をけん引した2人の1学年下だったその天才は、高校時代に2度甲子園に出場。慶応大学へ進学すると、大学野球界随一のスター選手となり、メディアの注目を集めた。


 そして、日本代表入りすると、正捕手だった古田を相手に「七色の変化球」を投げ込み古田を驚かせ、主砲の一茂も「頭抜けていた」「打った記憶がない」とその才能を絶賛した。


 さらに、53イニング連続無失点記録、5試合連続完封勝利記録という、六大学ではいまだに破られていない不滅の記録を樹立。当時のドラフト1位候補となり、8球団が獲得に名乗りをあげ、その進路に注目が集まった。


 しかし、ドラフトを前に記者会見で「プロには行かない。辞めることに未練もない」と、自らプロ入りを拒否。野球界を揺るがす大騒動となった。


 さらに世間を騒がせたのは、その進路。8000万円とも言われる契約金を蹴って選んだのは、初任給16万円の一般企業のサラリーマン。しかも、その企業には野球部がなかった。「巨人密約説」「逆玉の輿説」など、当時ささやかれた数々の疑惑を残したまま、天才は大学卒業とともに野球界から姿を消した。


 番組では、天才が野球を辞めた理由を追跡。長嶋が30年ぶりに対面し、8球団から勧誘があったにも関わらずプロ入りを拒否した真相に迫る。

 

引用元:スポニチ

 

志村さんは今回番組で取り上げる前でもかなり知られた存在で、所在も明らかに

分かる感じですよね?

 

それにしても、記事にあるように、8000万円とも言われていた契約金を蹴って、

年収が1000万円にも満たないサラリーマンを選ぶなんて信じられない感じもしま

すが、ただそこまでの決断をされるということは、この事実だけでも志村さんと

いう方は、しっかりと信念を持っていて、お金だけでは決して判断しない人だと

いう印象は受けます。

 

またこの記事に対してネットの反応もこうあります。

 

・ネットの反応は?

 

志村亮だね。
学生レベルでは好投手だったけど、
ストレートは速くなかったし、
プロではどうだったろう?

本人もそれが分かっていたから、
プロには進まなかったと思う。

とても賢い選択をされた人だったと思う。

 

慶応の野球部卒だと、その文武両道の姿勢から、企業に入っても十分成績を上げれるだろう。
選択は間違って無い

 

志村亮だと思われる。

甲子園での見事な牽制球でプロの度肝を抜き、
慶応時代も活躍。
高木大成、高橋由伸など桐蔭→慶応の
流れを作った選手。
桑田に近いクレバーな投手で、
斎藤佑樹や荒木のような華のある選手だった。

中継ぎ、抑えでは十分通用したと思われるが
以降のキャリア形成が不透明だったため
三井不動産入りした。

球威より配球や出し入れで勝負するタイプ。
のちにウィーン倶楽部で活躍。

古田はともかく、野球経験少なかった
一茂では手も足も出なかっただろうな。

 

桐蔭学園で甲子園に出場して、慶應大学に進学、これがもし、明治とか法政に進学していて、六大学で同レベルの成績だったら、間違いなくプロ入りの道を選択していたと思う。それ位、慶應という大学はプロ以外の一流企業への選択肢が唯一、頭をよぎる大学である。(早稲田は成績を残していれば迷うことなくプロ選択)   慶應だけ特殊であった。
バブル前の時代、抜群のアマでの成績だったが、球速はなく技巧派でプロで何年やれるかと大企業の生涯賃金を天秤にかけて決断したと思う。(今は慶應でもドラフト順位を気にすることなくプロ志向だと思う) 志村はその年の,いの一番のドラ1だったにもかかわらず プロ拒否をしたのは、そういう時代だったのと、慶應だったということが原因と考えられる。

 

志村亮のことだね。東京六大学野球のスターで慶応の看板エースだった。
あるスカウトに熱心に勧誘されたが「君なら十勝は出来る」と言われて、あぁ、そんなものかと思ったという。バブルの時代だったが球界には関係なく阿波野や西崎が新人王を争っても年俸が二千万円行かないくらいだったような気がする。
それでいて怪我でもしたら、それっきりの世界だから一流企業で慶応閥の強い三井不動産に行っても、それは間違いじゃないと思う。
プロで投げるのを見てみたかったが社会人として成功しているのは何より。

 

まあ間違いなく、S村さんだね。
私は、彼と同学年ですから、よく覚えてます。
彼自身がプロは無理と判断したのか、民間一流企業の方が生涯賃金が稼げると判断したのか、不明と当時は言われてたような?
ただ、古田はリーグが違うのでよく知らないが、一茂は、簡単に抑えられてとか。
まあ、プロで全く活躍してない一茂を抑えても、プロレベルとは言えないし、ビジネスの世界で大活躍してるという話だから、これで、正解だったんでしょ。

 

当時はバブルだったから。契約金は出るが1年でクビになる恐れあるプロ野球の世界より終身雇用(当時はまだ結構ありましたから)が約束され、またまさにバブル故、やり甲斐がかなりあった不動産の仕事に魅力が、だったのかと。まさにバブルを象徴する話だったような。

 

慶大の志村投手だね。左腕から切れのいい速球と変化球で打者を手玉にとっていた。投球のコンビネーションは抜群だった。ただストレートや変化球ともビックリするような威力があった訳ではなく投球術と制球力に長けた投手だった印象。本人が学生には通用したがプロでは通用しないと自ら判断したのでは。

 

これらを見る限りでも明らかに志村さんだということはバレてますね。笑

あと、それよりこの世間からのコメントが秀逸過ぎるような感じもします。

よく分析されています。

 

・志村亮のプロフィール

 

 

本名:志村亮(しむらりょう)

生年月日:1966年8月3日(52歳)

身長:178cm

ポジション:ピッチャー(左投・左打)

 

上記のコメントでもありましたが、志村亮さんは高校時代に見事な牽制球で注目

され、高校3年生の夏の甲子園では回戦で敗れはしたものの、この当時から世間

から注目を集めるピッチャーでした。

 

また大学に入ってからは、1年生から春季開幕戦で先発し、なんとそこで56年ぶ

りとなる新人の初登板初勝利を完封試合で達成し、53イニング連続無失点記録

5試合連続完封勝利記録など信じられないような数々の成績を残されました。

 

さて、ここまで凄すぎる結果を出して、プロからも注目されながら、それを蹴っ

てまで、サラリーマンとしての道を選んだのでしょうか?

 

・三井不動産の道を選んだ理由とは?

志村さんは、小中学まではプロになることを考えていたそうなのですが、高校生

くらいになると、プロ野球の世界を深く考えるようになったそうなのです。

 

そして、ドラフト会議を前に志村さんは「指名しないでほしい」と発言され、そ

れに驚いた各球団は、監督までも直接交渉を行ったそうなのですが、それでも本

人の意志は変わらず、結局は三井不動産に就職されました。

 

志村さんはこのときのことを「プロ野球の世界でやれる覚悟はなかった」と仰っ

ており、プロ野球は覚悟がない限り軽々しく足を踏み入れる場所ではないと考え

ていたようです。

 

やはり、志村さんにとっては一時的に大金が入るプロ野球の世界でも故障などが

あった場合のことも考えると、将来的な不安などもあったのかもしれません。そ

して、志村さんは慶応大学でもあるので、そこから三井関連の職に就く人も多

く、当時の状況を考えても将来的な安定は約束されたようなものなので、そうい

った経緯もあり、現在の職に就いたのかもしれませんね。

 

・まとめ

今回は、

 

『志村亮は消えた天才ではない!なぜ三井不動産の道を選んだ?

【消えた天才】』

 

について見ていきました。

 

7月14日放送の『 消えた天才 』では、実際に志村さんの当時の思いなども語られ

ると思うので、楽しみに期待したいと思います。

 

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