加藤和也の実母と嫁は?母・美空ひばりが決心した息子への想いとは?

昭和の歌謡界の大スターである美空ひばりさん。そのひばりさんの一人息子である加藤和也さんは養子縁組として引き取られたことは、多くの方が知っているかと思います。今回はそんな加藤和也さんの実母と嫁についてと、また母である美空ひばりさんが決心した息子・加藤和也さんへの想いを見ていきましょう。

 

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・加藤和也のプロフィール

本名:加藤和也(かとうかずや)

生年月日:1971年8月10日(47歳)

血液型:非公開

出身地:東京都

 

実父は美空ひばりの実弟のかとう哲也(旧芸名は小野透)で、血縁上はひばりの甥にあたる。7歳の時に伯母・ひばりと養子縁組をした。2000年に浜田光夫の長女と結婚。
ひばりには実子がいなかったので、ひばりに溺愛されて育つ。遺影の写真は和也が選んだもので、歌っている姿ではなく、実生活のワンショットであった。肉親が次々と亡くなったひばりの唯一の跡継ぎであり、ひばりプロダクションの社長として、今も熱心なひばりファンに対して様々な企画・運営を行っている。

引用元: ウィキペディア(Wikipedia)

 

・美空ひばりへの反発

加藤和也さんは、実の父や叔父が亡くなった後、ひばりさんに反発するようになっていき、グレてしまってけんかに明け暮れる日々を過ごしたそうなのです。そして、通っていた明大中野高校についても停学になってしまい、最終的に中退までされるのでした。

 

個人的に思うのですが、男の子というのはやはり父親的な厳しさというのがある程度必要だと思います。そのため、加藤さんにとっては実の父はもちろんのこと、叔父が亡くなってしまったことについても道を逸れてしまうには大きな要因のような気がするのです。

 

もちろん、ひばりさんの愛情に関しては感じていたかとは思うのですが、加藤さんが思春期ということや、またひばりさん自身も忙しかったのもあり、当時は素直になることができなかったのでしょう。

 

しかしながら、一度はグレてしまいながらも自身で道をしっかりと修正し、現在ではひばりさんの意志や思いを大事にし、ひばりさんのファンの方たちに今でもひばりさんを愛せるような環境を作り、守り続けて活動されている加藤さんというのは、本当にすごいなと思います。

 

・加藤和也の実母は?

加藤和也さんの実母は、スナックでホステスをしていた阿部静子さんという方のようで、美空ひばりさんの弟・かとう哲也さんの2番目の妻ということです。(ちなみに1番目の妻は歌手の円山鈴子さんです。)

そして実母との関係はというと、美空ひばりさんの死後、数回会ったということですが、現在はお亡くなりになっているとのこと。

 

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・加藤和也の嫁は?

加藤和也さんは2000年に俳優の浜田光夫の長女と結婚されており、その長女がどのような人かも調べてみました。

 

           引用元: https://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/guest/bn/20170529.html

 

するとどうやら元々は玉川学園の同級生だったようで、加藤有香さんということでした。そして学生時代から月日が経ち、有香さんが営む洋食店に、偶然和也さんが訪れ、2人は再会し、それから3回目に会った時に和也さんがプロポーズされたとのことです。

 

妻の有香さんは以前、2002年に『メレンゲの気持ち』に出演した際に、夫婦間の内容を和也さんが語っていたことがあるようです。それは、和也さんが有香さんを膝枕してあげてることをカミングアウトしたそうで、自宅では「ゆーちゃん」と呼んでいるとのこと。

  

これを言われたときの有香さんはきっと恥ずかしかったでしょうね。まさか夫婦間の様子を話されるなんて夢にも思わなかったはずです。(笑)ただ、和也自身も「ゆーちゃん」 と呼ぶことに対してカミングアウトすることは、恥ずかしくなかったのでしょうか?普通なら言う方も恥ずかしいと思うのですが不思議ですね。

・美空ひばりが決心した息子への想いとは?

美空ひばりさんが息子・加藤和也さんと養子縁組をしたのは、1977年になります。それにしてもどうして、美空ひばりさんは養子縁組として、和也さんを迎え入れたのでしょうか?

これは個人的に思うこととしては、おそらくひばりさんは家族愛というのが非常に強く、また和也さんの家庭状況を不憫に思われたからでないでしょうか?

というのもまず、ひばりさんは母である喜美枝さんと二人三脚でコンサートやテレビ活動をこなし、マスコミから「一卵性親子」と言われるほどだったそうで、とても信頼し大切にされていたと思います。

また実の弟で、加藤和也さんの父親でもある、かとう哲也さん が起こした不祥事についてもこんなエピソードがあります。

 

1973年、実弟が起こした不祥事により、加藤家と暴力団山口組および田岡との関係も問題とされ、全国の公会堂や市民ホールから「暴力団組員の弟を出演させるなら出させない」と使用拒否されるなど、バッシングが起こりマスコミも大きく取り上げた。しかし、ひばり母子は家族の絆は大事だとし、哲也をはずさなかった。この結果、1973年末、17回出場し1963年から10年連続で紅組トリを務めていた紅白歌合戦への出場を辞退した

引用元:ウィキペディア(Wikipedia)

 

このことからも、ひばりさんは自身の芸能活動よりも家族の絆を大切にする、家族愛の強い方だと思われます。

そして、和也さんに関しては、生まれて間もなく両親が離婚され、また父親は逮捕もされており、家族というものをたい大切にするひばりさんにとっては、そのまま放っておくわけにはいかなかったのだと思います。

以上のことから、ひばりさんは和也さんを息子として迎え入れ育てていこうと決意されたのではないかと思われます。

しかしながら、当時のひばりさんはとても忙しかったようで、一緒に過ごすことができる時間も少なく、和也さんを公演に同行させたりしていたようなので、もしかしたら葛藤などもあったかもしれないですね。

・まとめ

今回は加藤和也さんの実母と嫁について、そして美空ひばりさんの和也さんへの想いについてまとめました。

ひばりさんは、とても家族を愛し、また周りの方を大切にされるからこそ、国民からも愛されるスターになり、また死後はそのひばりさんの想いを残すかのように、息子の和也さんが守り抜く。このお二人のやり方は違えどすごいなと思います。

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