ガクト 死んだ友への後悔。メンバーとの確執と失踪の経緯とは!?MALICE MIZERのメンバーと変遷について

ガクトさんといえば、ミュージシャンであるとともに最近では実業家であることでも知られています。そんなガクトさん、以前はヴィジュアル系ロックグループMALICE MIZERのメンバーとして活動されていた時期があり、そしてその中で、メンバーとの確執や自身の失踪、そして親友でありメンバーの一人でもあったKamiさんの死という出来事がありました。今回はその経緯について、またMALICE MIZER のメンバーの変遷と歴史についてみていきましょう。

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・ MALICE MIZER のメンバーの変遷と歴史について

                  出典:https://scramble-talk.com/singer-2-532

まずMALICE MIZER(マリスミゼル)についてからみていきます。

MALICE MIZER は1992年ManaさんとKöziさんを中心に結成されており、中世のヨーロッパの世界観をコンセプトとして、Mamaさんが中心となりアイディアをまてめていったそうです。またグループのMALICE MIZER というのは、フランス語で「悪意と悲劇」という意味とのこと。

MALICE MIZERで特徴的なこととして、ヴォーカルが2回入れ替わっていることです。そして、それぞれのヴォーカルが変わるごとに、1期、2期、3期と分かれており、絶頂期がガクトさんがヴォーカルを担当していた2期になります。

 

1期:1992年~1994年

ヴォーカル:TETSU(テツ)

 

                出典:https://scramble-talk.com/singer-2-532

2期:1995年~1998年

ヴォーカル:Gackt(ガクト)

                出典:https://scramble-talk.com/singer-2-532

3期:1999年~2001年

ヴォーカル:Klaha(クラハ)

                 出典:https://scramble-talk.com/singer-2-532

続いてほかのメンバーも紹介していきます。

ギター&シンセサイザー:Mana(マナ)

               出典:https://middle-edge.jp/articles/hGrtj?page=3

ギター&シンセサイザー:Közi(コウジ)

                出典:https://middle-edge.jp/articles/hGrtj?page=3

ベース:Yu~ki(ユーキ)

                出典:https://middle-edge.jp/articles/hGrtj?page=3

ドラム&パーカッション:Kami(カミ)

                出典:https://middle-edge.jp/articles/hGrtj?page=3

MALICE MIZER は1期のインディーズ時代から他に例を見ないパフォーマンスで人気があって、メジャーデビューの話まで出ていたようなのですが、当時のヴォーカルTETSUさんが、濃いメイクとパフォーマンス自体に抵抗があったようで、脱退しメジャーデビューの話は流れてしまったようです。

そして2期目のヴォーカルとなるガクトさんが加入します。ガクトさんは加入に際してとても意欲的で、リーダーであるManaさんも歓迎され、新体制の下これまでよりさらに派手になり「究極のビジュアル系」と呼ばれるようになっていったそうです。

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・Gackt加入後の2期MALICE MIZER

ガクトさんが加入された後のMALICE MIZERの快進撃は物凄かったらしく、これまで以上の独特な世界観を全面にだし、ヴィジアルロックファンの間でも大きな位置を占めるようになり、メジャー・レコード会社各社は水面下でのMALICE MIZER争奪戦を繰り広げていたようです。

そしてそのレコード会社でもメンバーを特にくどいていたのが、ソニー・ミュージックと日本コロムビアで、ソニー・ミュージック に関してはメンバーひとりひとりに担当者をつける徹底ぶりだったようなのですが、どうやらガクトさんが一緒に仕事したい人が日本コロムビアの人だったようで、最終的は日本コロムビアからメジャーデビューしています。

メジャーデビュー後も快進撃は凄まじかったようで、独特の世界観はもちろんのこと、今までの業界の慣例とは異なる販促活動、徹底的にこだわったライブ活動により、バンドは絶頂期を迎えついには武道館でのライブをするまでになっていったようです。

・Gackt メンバーとの確執と失踪

急速に成長するMALICE MIZERとは裏腹に、ガクトさんと他のメンバーたちとの活動に対する方向性がどうやら違っていったようです。


Gacktとそれ以外のメンバーとでは人間関係的に多少の溝があった。 
それはGacktが後から加入したにもかかわらず、バンド内でのイニシアチブを次々と自分のものとしていったことと関係があるのかもしれない。 

5人それぞれの意見を尊重することがMALICE MIZERのグループ運営の要となっていたが、バンドを大きくしたい一心だったGacktが建設的な意見を出せば出すほどそれを「面白い」と思うよりも「うっとうしい」と思う雰囲気が醸成されていった。バンド内は少しずつ空回りし始めたのだ。 

それに加えて急激に大きくなっていったバンドを巡るビジネス、バンド内でのGacktの突出した人気と他メンバーとの格差、走り続けることに疲弊してしまい、自分のペースでやりたいと考える一部メンバーと、まだまだ先に行くというGacktとの意見の対立。明らかにmana寄りの事務所女性社長とGacktとの確執。。 

決定的な引き金となったのは、今まで作詞はGackt、作曲はmanaかKöziという暗黙の了解で守られていた創作方法が、9月30日に発売されたメジャー5枚目のシングル『Le ciel ~空白の彼方へ~』ではGacktの作詞・作曲による単独の作品として制作され、この均衡が破れたことだった。 

人気の面でも、バンド内でのイニシアチブでもGacktだけが突出していったことに加え、誇りである楽曲の作曲までGacktに握られてしまうことに危惧をいだいた他メンバーの不満は頂点に達していたのだ。 

皮肉なことにこの『Le ciel ~空白の彼方へ~』は売上こそ通常レベルの11万枚であったが、オリコン・チャートは4位とシングルの最高位を記録することになる。

引用元:https://middle-edge.jp/articles/hGrtj?page=2

その後、1998年11月~12月の期間ガクトさんは消息を絶ち、世間では失踪と話題になってしまいます。

ちなみにこの期間というのは、めざましテレビでも「 MALICE MIZER のGackt失踪!?」と報道される程の騒ぎになり、しかしすぐにそれは疑惑を超え、本当にいなくなってしまったということを証明されたり、またラジオ番組では、MALICE MIZER の曲を流し、「Gacktさん、もしこのラジオ聞いてたらいつでも連絡下さいね!」と呼びかけたほど、話題になったのだとか。

・Gackt MALICE MIZERを脱退

1998年の年末ごろに発売されたとみられる、「SHOXX Vol.072 1999年2月号」にてガクトさんは1人で登場して、自身の内情を語っています。


メディアに出たかったけど事務所の理解不足が限界だった。
マリスがマリスである為にと我慢していたことがいっぱいあって
メンバーがいなければやっていけないって思うくらい疑問が多かった。
でもメンバー間でも意見が食い違って亀裂が入った。
立て直す為に徹底的に話をしたけど
僕の目を見ることが出来ないって向き合うことを拒絶されて
僕はもうどうしようもないじゃない。

 
僕はMALICE MIZERが好きだし、愛してるし、誰よりも大切に思ってる。
これは前と何も変わらない。
MALICE MIZERは誰が欠けてもMALICE MIZERではない。
ステージ上にいる彼らに対しては凄い誇りを持ってるよ。

 
ツアーファイナルの横浜アリーナが終わってひと段落ついて
疲れていたメンバーは休みたがっていたけど僕は動き続けたかった。
人間の生活とは言えないようなサイクルで動いてた時期もあったし
過密スケジュールで疲れるのは仕方ない。
だから休みたい人は休めばいいし、動きたい人は動けばいいと思ったけど
それを理解されなくてソロ活動がしたいと誤解された。

引用元:https://ameblo.jp/xxxxasukaxxxx/entry-12227258492.html

また、MALICE MIZERのファンクラブ会員にはガクトさん抜きのメンバーの写真が送られ、そこにはそれぞれのメッセージが書いてあったようです。

Mama

私の言う事をどう受け止めるかは、あなた次第です。
彼の発する言葉に、もはや真実など見えなかった。
この関係の中で、作品を作りつづけることは、難しいと判断しました。
愛しい君たちには、申し訳ない。
こんな事は言いたくありませんでした。
でも、貴方たちには、真実を伝えたかった。


Közi

どこからどこまで言えばいいのか解らない。
本当に言葉に出来ない位の悔しい、歯がゆい想いが沢山ありました。
俺は、MALICE MIZERという団体での活動を誇りに思ってる。
絶対になくしたりはしない。
今居るメンバーや事務所との関係は、昨日、今日、始まったものではない。
言葉では言い表せない信頼という関係で結ばれている。
自分の気もち、メンバー4人の想いには嘘をつかずに、前を向いて歩いて行きます。


Yu~ki

何を信じ、誰に心を開いていけば良いのかさえ解らない世界。
自分のためなら、平気で人の心、人の存在を傷つけてしまう社会で、
せめて自分達が造り出す世界、音楽には、偽りや嘘はつきたくない。
人はいかに人の事を信じてあげられるかだと、僕は思う。
そこに愛という言葉があるのだと思う。


Kami

自分の為だったら何をしてもいいのか、何を言ってもいいのか。
自分のことすら解ってない様な人と
今まで一緒に手を組んで頑張ってきた自分が憎い。
MALICE MIZERをそしてメンバーを愛していると彼は言った。
この言葉の意味を本当に彼は知って言っているのであろうか。
因果応報というものは必ずある。
自分達の愛する音楽に、偽りや嘘をつきたくない。


その後1999年の1月にガクトさんはMALICE MIZERを脱退しています。

そして、ガクトさんについては皆さんがご存知の通り、ソロとなって爆発的に売れ人気を確立、一方MALICE MIZERに関しては衰退の一途をたどりました。

グループの解散・メンバーの脱退というは、よく聞く話でメンバー間の間ではいろいろな感情があるかと思うのですが、外から見ても複雑ですね。

・ガクト 死んだ友への後悔

MALICE MIZERにとっての悲劇はその後も続きます。

それは、MALICE MIZERのメンバーKamiさんの死です。

Kamiさんは1999年の6月21日に自宅で亡くなっていたようで、発見されたのは3日後の24日で公式発表は翌日の25日だたったそうです。死因はくも膜下出血とのこと。

その葬儀は家族と身内、そしてメンバーでとり行われたようで、ガクトさんは呼ばれなかったそうです。

ガクトさんにとって、Kamiさんはメンバー内でもとくに仲の良かった親友のような感じで、そんな友と心のスレ違いがあったまま突然の別れになってしまうとは本当に後悔のみが残ってしまうでしょうね。

ガクトさんは2017年Kamiさんを偲んだことをブログで明かし、それが記事になっています。


ミュージシャンのGACKT(43)が、99年に亡くなった元バンド「マリスミゼル」のメンバーKamiさんをしのんだ。
 GACKTは27日、「アイツがいなくなってもう18年・・・。」のタイトルでブログを更新。「訃報が届いたのは、実際に彼が亡くなって密葬が終わってからのことだった」と当時を振り返った。
 その頃、GACKTはバンドメンバーと絶縁状態にあったため、すぐには訃報が届かなかったという。当時Kamiさんの実家や墓地の場所も知らず、闇雲に探し回ったという思い出をつづり、「そうこうしているうちに近所までたどり着き、知り合いの人と出会い実家に連れて行って貰うことになる。彼の実家の玄関先でご両親が出て来て顔を見た時、何も言葉が出て来ず、急に涙が止まらなくなったことを鮮明に覚えている」と振り返った。

引用元:https://www.nikkansports.com/entertainment/news/1847068.html

Kamiさんの死後、ガクトさんは誕生日と命日には実家を訪れているとのことです。

・まとめ

たとえ身近な人、大切な人であってもすべてを理解し合うというのはできないかもしれません。そしてそれが原因となって別々の道を歩むことも当然あります。

しかし、そういったことに関しても時が経てば自然と記憶は薄まり、「あの時は、ああしておけばよかった。」と思うこともでてきて、いつかはお互いのわだかまりを解消できる日がくるかもしれません。

ただ今回のように、お互い理解できないままに急な死となってしまった親友Kamiさんへの想いというのは、とても苦しかったと思います。この想いというのは、消えてはいかないと思いますが、Kamiさんの分まで頑張ってほしいと思います。

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